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高松高等裁判所 昭和35年(ネ)98号 判決 1961年6月28日

第一審原告 第九八号被控訴人・第一六九号控訴人 日化製袋工業株式会社破産管財人 白石基 外一名

第一審被告 第九八号控訴人・第一六九号被控訴人 株式会社伊予銀行

主文

本件各控訴を棄却する。

各控訴費用はその控訴人の負担とする。

事実

一、第一審原告等は第一六五号事件につき「原判決中第一審原告等敗訴部分を取消す、第一審被告は第一審原告等に対し金八一〇万五四二五円および右金員の内五四万四一二五円について昭和三二年一〇月一日から、一八六万円について同年一〇月六日から、一三七万六五〇〇円について同年一一月六日から、四三二万四八〇〇円について同年一二月六日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え、控訴費用は第一審被告の負担とする」との判決および右第二項に対し仮執行の宣言を求め、第九八号事件につき第一審被告の控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告代理人は第九八号事件につき「原判決中第一審原告等の勝訴部分を取消す、第一審原告等の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも第一審原告等の負担とする」との判決を求め、第一六五号事件につき第一審原告等の控訴を棄却する判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の陳述は、それぞれ左のとおり附加したほか、原判決の事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。

第一審原告等の陳述。(1) 第一審被告は昭和三二年九月六日訴外日化製袋工業株式会社(以下訴外会社と呼ぶ)に対し約束手形により八一〇万余円を貸付けた。その貸付は当時なお存続していた取立委任契約にもとづき毎月の例にならつて同月五日付の住友化学工業株式会社(以下住友化学と呼ぶ)に対する売掛代金残高証明によつてなされたものである。しかるに同月一八日になつて、右約束手形の支払期日が同年一〇月五日であるのに、その以前において貸付金の弁済を確保する目的で本件債権の譲渡をうけた。このことから考えて第一審被告は訴外会社が支払を停止する直前の危険状態に陥つたことをいちはやく察知して急遽右債権譲渡を受けたことが明らかである。(銀行は取引先の経済状態の変動にきわめて敏感である。)(2) 第一審被告は右貸付に当り従前の取立委任契約を強化して債権譲渡に切りかえる方針であつたとすれば、債権譲渡を貸付の条件とするものであろうが、それにもかゝわらず貸付後十数日間極めて容易に履践しうべき譲渡の手続を怠つていたことは銀行業務についての通念からみて理解できない。かりに訴外会社を信用していたことにもとづくものとすれば従前の取立委任のまゝでなんら差支えなく債権譲渡の必要はないはずである。(本件の取立委任契約では委任者の直接取立は禁止され第三債務者も受任者に支払うことを確約している。)このことからも右債権譲渡は訴外会社の支払停止に備え貸金回収をはかるためであつたことがわかる。(3) また第一審被告は貸出額が増大したから債権譲渡にきりかえたというが、第一審被告と訴外会社との間には極度額一〇〇〇万円の貸付の枠が契約されていたのであるからその範囲内なら当然借入れられた筈であり、現に従前も七〇〇万円近い金額を再三借入れているから、右主張も根拠がない。

第一審被告代理人の陳述。(1) 第一審原告等の請求原因(二)について。第一審被告が昭和三〇年八月頃から訴外会社に資金を貸付けると共にその弁済方法として第一審原告等主張のとおり取立委任を受けていたがその後その主張のように債権譲渡を受けたことは認めるが、第一審被告は右債権譲受の当時訴外会社が第一審原告等主張のような状態にあるということは知らなかつた。もつともその後に至つて当時右の事実があつたことを知つた。その意味では右主張事実を認める。同頃中その余の事実は否認する。(2) 第一審被告は訴外会社に対し従前運転資金を貸付ける一方前記取立委任にもとづき取立てた売掛代金によつて右貸付金の返済を受けていたが、昭和三二年六月以降漸次貸付額が増える傾向にあつたので、取立委任を債権譲渡に切りかえる交渉をしていたところ、同年九月上旬の貸付にあたり右切りかえを実現することになり訴外会社ならびに住友化学の承諾をえることはできたけれども、その時は訴外会社への貸付を急がなければならなかつたのに債権譲渡書類の作成が間に合わないのでとりあえず従前の取立委任のまゝ貸付けをすませ、その後も訴外会社代表者明石修一の病気欠勤のため延引した末、同月一七日になつて債権譲渡書類を作成した次第であつて、この債権譲渡は九月上旬に既に承諾済のもので、第一審原告等が主張するように訴外会社の支払停止直前にその危険状態をいちはやく察知してなされたものではない。むしろ訴外会社を信用していたために譲渡書類の作成を後廻しにして貸付を急いでしてやつたのである。

三、当事者双方の証拠の提出、授用、認否は、第一審原告等が乙第一二、一三号証を各不知と答え、第一審被告代理人が乙第一二、一三号証を提出し、証人別府謄、同越吉彦、同湯山正男、同谷井理助の各尋問を求めたほか、原判決の記載と同一であるからそれを引用する。

理由

一、訴外会社が昭和三二年九月経営不振のためその支払手形が不渡となり同月中旬支払を停止し、遂に昭和三三年三月一日松山地方裁判所西条支部で破産宣告をうけ、第一審原告両名がその破産管財人に選任されたこと、同会社は第一審被告から昭和三〇年頃から運転資金の貸付をうけ、その弁済に充てるため第一審被告川之江支店長に宛てゝ訴外会社の住友化学に対する売掛代金債権の取立を継続的に委任していたこと、昭和三二年九月一八日訴外会社は第一審被告の求めにより当時の右売掛代金債権八一〇万五四二五円を第一審被告に対する同額の借入金債務の弁済に充てるため譲渡したこと、第一審被告は右譲受債権のうち五四万四一二五円を同年同月三〇日に、一八六万円を同年一〇月五日に、一三七万六五〇〇円を同年一一月五日に、四三二万四八〇〇円を同年一二月五日にそれぞれ住友化学から取立てたことについては当事者間に争いがない。

二、第一審被告の「本件の取立委任を受けた債権は破産財団に属すべきものではなく、債権譲渡を受けてもその本質には変りないから破産債権者を害するものではない」という主張について。成立に争いのない乙第一ないし第四号証、第六号証の一ないし一六、証人別府謄の原審における証言によりその成立を認めうる乙第七号証、成立に争いのない乙第八、九号証に、当審および原審における証人別府謄、同越吉彦の各証言を綜合すると、訴外会社と第一審被告との間の前記取立委任契約は、同会社が第一審被告に対し負担する現在および将来の一切の債務を担保するために結ばれ期間を六ケ月とし訴外会社は第一審被告に対し同会社の住友化学に対し有する一切の債権について右期間支払の請求、弁済の受領、第一審被告の債権への弁済充当を委任し、訴外会社は右委任を第一審被告の同意なしに解約しないし第三者にさらに委任したり自ら処理したりしないことを特約し、住友化学も訴外会社と第一審被告に対して訴外会社に対する代金債務を第一審被告に支払うことを約し、右委任契約は昭和三一年六月から六ケ月ごとに更新されて継続し、その間訴外会社は毎月住友化学からその売掛債権の残高証明書の交付をうけて第一審被告に提出し、第一審被告から右残高に相当する金額の手形貸付を受け、第一審被告は住友化学から右売掛債権を取立てたうえ訴外会社に対する債権の弁済にあてゝいたこと、昭和三二年九月六日にも同月五日付の残高証明により二通の約束手形により合計八一〇万五四二五円を貸付けたことが認められる。かゝる内容の取立委任は名は取立委任であるが経済上の目的は債務支払いの確保のためにする担保の意味を持つもので、人的物的の担保もなしに普通の取引を継続しながら債権質又は取立のための債権譲渡と同じ効用を果すけれども、取立委任である以上法律上その債権自体はいぜんとして委任者に帰属し、委任者はその処分権能を失うものではないし、委任者の一般債権者もこの債権を差押えて取立てることが可能で、受任者に一般債権者に優先して弁済をうけうる権利があるわけではない。したがつてかかる委任された債権がこの場合訴外会社の破産財団に属すべきでないとは認められない。また取立委任から債権譲渡に変えることは、当事者の経済的実質には大差ないとしても法律上はとくに第三者との関係においてすべての債権者のための共同担保を失わせることになるので債権者を害することになるといわなければならない。なおかゝる事情のもとで訴外会社にとつて右債権譲渡はその義務に属さないというべきである。

三、第一審被告の「本件債権譲渡は前からの既定方針にしたがつて九月上旬に合意されたもので、当時破産債権者を害すべき事実を知らなかつた」という主張について。

前記乙第六号証の一ないし一六、当審における証人別府謄、同湯山正男の各証言により成立をみとめうる乙第一二、第一三号証に証人別府謄(一、二審)、同越吉彦(一、二審)、同湯山正男、同岡本新一郎の各証言を綜合すると、第一審被告の訴外会社に対する貸付が昭和三一年、三二年と漸増していくので、第一審被告は債権確保のため従前の取立委任から債権譲渡に切りかえる考えでいたが、昭和三二年九月六日の貸付のとき第一審被告、訴外会社、住友化学の間で訴外会社の住友化学に対する債権を第一審被告に譲渡し住友化学はこれを承諾するという合意が成立し、かゝる譲渡を予想して右貸付がなされたことは認められるが、右各証言のうちさらにすゝんで第一審被告が当時訴外会社の危険状態を知らなかつたという趣旨の供述は後記証拠と対比措信しがたく、その他右書証および成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三によつても右主張を認めるに足りない。かえつて、(1) 債権譲渡の合意がなされ、貸付がなされたのは上記のように昭和三二年九月六日であつて、それは訴外会社の支払手形の全面的不渡したがつて支払停止した同年九月二七日(乙第一一号証の一ないし三)に先立つこと約二〇日であること、(2) しかもその後十数日もたつてようやく債権譲渡証書が作られたが、その作成された九月一八日(成立に争いのない乙第五号証の一)、その確定日附による通知の日、翌一九日(成立に争いのない乙第五号証の二)は、右支払停止に先立つこと一〇日に満たないし、前証乙第一一号証の一で認められる最初の手形不渡の日の一両日前のことである、(3) その当時前記取立委任契約は有効に存続していたし(乙第四号証)、貸付金の支払期日(乙第八、九号証により同年一〇月五日)がまだ到来していなかつたこと、(4) 証人三宅貞松、同久保秀一の各証言で認められるように、当時訴外会社の工場閉鎖の一、二ケ月前から同社が内容がわるく手形が不渡になるのではないかという噂があつたこと、(5) 証人鈴木彰、同谷井理助(一、二審)の各証言により認められるように、訴外会社はかねて資金につまり闇金融を受けていたこと、以上の事実を綜合すれば、第一審被告が債権譲渡を受ける当時それにより他の債権者を害すべき事実を知つていたものと認めるのが相当である。訴外会社についても同様である。

四、以上に説明したとおりであるから本件債権譲渡は破産法第七二条第一号および第四号によつて否認されるべきものである。そして第一審被告は右譲受債権を冒頭にしるしたように消滅させたからこれが原状回復として八一〇万五四二五円およびそれに対する前示各取立日の翌日から各取立金額につき民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を第一審原告等に支払う義務がある。

第一審原告等は年六分の割合による遅延損害金を請求しており、その引用する大審院判決(昭和八年六月二二日民集一二巻一六二六頁)はその主張を支持するものである。しかし否認権は民法上の取消権とは違つた破産法上の一種独得の形成権であり、その行使によつて否認さるべき行為は財団との関係において物権的、相対的に無効となるもので、その結果として生ずる原状回復義務も法規から直接生ずる法定の義務というべきである。したがつてその回復義務はもとより否認さるべき行為がなかつた原状に回復し財団の蒙つた損失を填補するのが目的ではあるが、皆一様の性質を有し、商事債務の否認であると民事債務の否認であるとで影響を受けないものと解され、それに付される遅延利息も均一に民事法定利率によるべきである。

よつて当裁判所と見解を同じくする原判決は正当であり、本件各控訴はいずれも理由がないから民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺進 水上東作 石井玄)

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